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名古屋地方裁判所 平成9年(行ウ)3号 判決

原告

加納康之

外四名

原告ら訴訟代理人弁護士

竹下重人

被告

千種税務署長

藤田新二

右指定代理人

鈴木拓児

外三名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が、原告らの平成五年分相続税について平成七年七月七日付けでした更正処分は、原告加納康之につき納付すべき税額一億四四六一万二二〇〇円、同加納昭子につき納付すべき税額三〇四万四〇〇円のそれぞれ全部を、同加納捷之、同荒川久子及び同犬飼絢子につき、それぞれ納付すべき税額二四四万九八〇〇円のうち二五万七六〇〇円を超える部分を、いずれも取り消す。

第二  事案の概要

一  争いのない事実等

1  原告加納康之(以下「原告康之」という。)、同加納昭子(以下「原告昭子」という。)、同加納捷之(以下「原告捷之」という。)、同荒川久子(以下「原告久子」という。)及び同犬飼絢子(以下「原告絢子」という。)は、いずれも加納正之(以下「正之」という。)の子であるところ、正之は平成五年二月二七日に死亡し、相続が開始した(以下「本件相続」という。)。

2  正之は、死亡時、本加納株式会社(以下「本加納」という。)の代表取締役であり、日鷹鉄工株式会社(以下「日鷹鉄工」という。)の取締役であって、本加納の東海銀行及び八十二銀行に対する債務並びに日鷹鉄工の東海銀行及び中小企業金融公庫に対する債務につき連帯保証していた(以下「本件保証債務」という。)。

正之死亡時における、本加納の東海銀行に対する債務残高は一億五六〇九万円、八十二銀行に対する債務残高は九五〇〇万円であり、日鷹鉄工の東海銀行に対する債務残高は二億一八五〇万円、中小企業金融公庫に対する債務残高は五三〇〇万円であった。

3  原告らは、被告に対し、平成五年一〇月二五日、本件保証債務五億二二五九万円を相続債務として控除した上、別表一の一ないし三の各「申告」欄記載のとおり、本件相続にかかる相続税(以下「本件相続税」という。)の申告をした。

原告捷之、同久子及び同絢子は、被告に対し、平成七年一月九日、別表一の三の「修正申告」欄記載のとおり、納付すべき税額を修正して申告した。

4  しかし、被告は、本件保証債務の控除は認められないとして、原告らの課税価格及び納付すべき税額を、法定の算出方法により、別表二のとおり算出し、原告らに対し、平成七年七月七日、別表一の一ないし三の各「本件課税処分」欄記載のとおり、課税価格及び納付すべき税額を更正する処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。

5  原告らは、被告に対し、同年八月二五日、右各処分について異議申立てをしたが、被告は、同年一一月二二日、右異議申立ての全てにつき棄却の決定をした。

原告らは、国税不服審判所長に対し、同年一二月一四日、右棄却決定について審査請求をしたが、同所長は、平成八年一二月一一日、右審査請求の全てを棄却する裁決をした。

二  争点―本件保証債務は、本件課税において控除されるべき債務か。

(被告の主張)

1 相続税法(以下、単に「法」という。)一四条一項によれば、相続税の計算に対して課税価格から控除されるべき債務は「確実と認められる」債務でなければならない。

そして、一般的には、保証債務は、相続開始の現況において、主債務者が資力を喪失するなどその債務を弁済することができない状態にあるため、保証人がその債務を履行しなければならない場合で、かつ、主債務者に求償しても返還を受ける見込みがない場合のみ「確実と認められる」債務であるとして控除の対象になると解されており、主債務者が債務を弁済することができない状態にあるか否かについては、一般に主債務者が破産、和議、会社更生あるいは強制執行等の手続開始を受け、又は事業閉鎖、行方不明、刑の執行等により債務超過の状態が相当期間継続しながら、他からの融資を受ける見込みもなく、再起の目途が立たないなどの事情により事実上債権の回収ができない状況にあることが客観的に認められるか否かで決せられるとされている。

2 本件においては、本加納、日鷹鉄工とも、債権者である銀行に対する債務をそれぞれ滞りなく返済し、その返済を延滞することはなく、返済を催告されることもなかったのであり、その一方で、両社とも本件相続開始当時も継続して営業活動を行っており、事業閉鎖等の事態に陥ったり、強制執行や会社更生の申立て等を受けたりしたこともなかったと認められ、しかも、本件相続開始後において、新たな貸付けが実行され、その返済が滞りなく行われていることが認められるのであるから、主たる債務者がその債務を事実上弁済することができない状況にあったとは客観的に認められない。

(原告の主張)

1 取引の実情においては、主債務者が事業廃止、倒産等の事態にならない限り、債権者から保証人に対する請求あるいは物上保証にかかる担保物件についての競売申立て等がされることは極めて希である。即ち、会社代表者を中心とする同族会社が債務者であり、会社代表者が保証人であるというような場合には、保証人と主債務者である会社を一体として信用力が評価される反面、保証人としても会社の経営に全力を傾倒するのであるから、債権者から保証人への保証債務の履行請求が留保されているということが普通である。

2 従って、保証債務の履行が必要であり、保証債務履行後の求償権の行使が不可能であるという条件が相続開始時において表面化している場合だけでなく、相続開始時における主債務者の財産状態や信用能力を客観的に観察した結果、右条件が潜在的に存在する場合にも、控除を認めるべきである。

3 正之死亡当時、主債務者である両社は長く業績不良で、継続して著しい債務超過の状況にあり、これに対し法的手続きによる債務の整理を行っても弁済は不可能であり、正之が本件保証債務の主たる債務を被担保債権として、根抵当権を設定していた不動産(原告康之が相続)の競売による換価、又はその任意処分による売却代金による保証債務の履行以外に弁済の方法はなく、そのような方法で弁済がされた場合に保証人から主債務者である両会社への求償権の行使は不可能であったといえる。

第三  当裁判所の判断

一  法一三条及び一四条一項によれば、相続税の計算に際して課税価格から控除されるべき金額は、被相続人の債務で相続開始の際に現に存するもののうち、相続人の負担に属する金額で、確実と認められるものに限られる。そして、法一四条一項にいう「確実と認められる」債務とは、債務が存在するとともに、債権者による請求その他により、債務者につきその債務の履行が義務づけられている債務であり、存在及び履行の確実な債務である。

二 保証債務は、債権者と保証人との間に生じ、主たる債務者がその債務を履行しない場合に、主たる債務者に代わって、その債務を履行するという従たる債務であるから、被相続人の保証債務が相続された場合でも、将来現実にその債務が履行されるか否かは不確実である。そして、仮に、将来その保証債務が履行された場合でも、その履行による損失は、法律上は主たる債務者に対する求償権の行使によって補てんされうる。従って、保証債務は原則として「確実と認められる」債務には当たらないが、例外的に、相続開始の現況において、主たる債務者が資力を喪失するなどその債務を弁済することができない状態にあるため、保証人がその債務を履行しなければならない場合で、かつ、主たる債務者に求償しても返還を受ける見込みがない場合には「確実と認められる」債務であるとして債務控除の対象になるというべきである。

また、連帯保証債務は、単純保証債務のような補充性がないけれども、主たる債務者に求償権を行使して自らの履行による損失を補てんできることにかわりはないから、保証債務の場合と同様に考えられる。

三 そして、主たる債務者が債務を弁済することができない状態にあるか否かについては、一般に債務者が破産、和議、会社更生あるいは強制執行等の手続開始を受け、又は事業閉鎖、行方不明、刑の執行等により債務超過の状態が相当期間継続しながら、他からの融資を受ける見込みもなく、再起の目途が立たないなどの事情により事実上債権の回収ができない状況にあることが客観的に認められるか否かで決せられるべきである。

四  原告は、保証債務の控除が認められるのは、保証債務の履行が必要であり、保証債務履行後の求償権の行使が不可能であるという条件が相続開始時において表面化している場合だけに限られず、潜在的に存在する場合も含まれる旨主張する。

しかしながら、保証債務の履行の必要性と求償権行使の不可能が潜在的に存在するとはどのような状態のことをいうのか、原告の主張するところは判然としないし、債権者は、あるいは保証債務の履行が必要となるかもしれないと考えて保証を要求するのであって、保証債務履行の必要性は、潜在的には常に存在するとも言えるのである。客観的であるべき課税要件の基準として、このようなあいまいな概念を採用することはできない。

五  そこで、まず、本件相続開始の現況において、本加納がその債務を弁済することができない状態にあり、保証人である正之や相続人である原告康之がその債務を履行しなければならず、かつ、本加納に求償しても返還を受ける見込みがなかったことが客観的に認められるかについて判断する。

1  原告らは、本件相続開始前後の本加納の状況について、次のとおり主張する。

本加納は、正之が昭和二四年九月に繊維の卸売を目的として設立した会社であり、作業服、白衣、ワイシャツ・ズボン等を製造し、全国規模で商店街の小売店に卸売りをするという営業方針で業績を伸ばしてきたが、昭和四八年以降、業績は徐々に困難となり、繊維製品の製造業の不振、海外商品の流入と消費性向の変化に伴い売上げは低下を続け、大規模小売店の展開により小売店が衰退し廃業も多くなるにつれて、商圏の縮小を余儀なくされ、東海地区に力を注ぐことになったが、昭和五七年以来赤字決算となった。それ以後は、個人所有不動産を担保とする銀行借り入れによって経営を支えながら、担保不動産の売却により債務を返済し、会社を清算する方針を定めて、経営を順次縮小してきた。もっとも、昭和六三年には、正之は、名古屋市中村区日比津町に建物を建築し、それまで名古屋市中区錦二丁目にあった所有ビルから本店を日比通町のビルに移転した。本件相続開始後は、その方針に徹し、従業員を解雇し、業務は役員とその家族及びアルバイトの女子一名で、カタログ販売の方法で在庫品の処分や若干の注文販売を続けている。資金繰は、原告らの不動産貸付け収入からの融通の外、役員報酬の未払いと人件費の縮小によってしのいでいるのが現状である。法的手続きによる債務の整理を行っても弁済は不可能であり、正之が本件保証債務の主たる債務を被担保債権として、根抵当権を設定していた不動産(原告康之が相続)の競売による換価、又はその任意処分による売却代金による保証債務の履行以外に弁済の方法はなく、そのような方法で弁済がされた場合に保証人から主債務者である本加納への求償権の行使は不可能である。

2  本加納の業績が不振であることは、当事者間に争いがなく、証拠(原告康之本人尋問の結果及び弁論の全趣旨)によると、本加納の業績が不振となった経緯が原告ら主張のとおりであることが認められる。

本加納の、昭和六二年六月期(六月期とは、前年の七月一日から、当年の六月三〇日までの事業年度をいう。以下に同じ。)から、平成八年六月期までの一〇事業年度における、財産状況及び損益の状況は別表三の一のとおりである(争いがない。)。

これによれば、本加納は、本件相続が開始した平成五年二月二七日を含む事業年度である平成五年六月期まで、継続して債務超過の状況にあり、累積欠損は、平成五年六月期で、三億二〇〇〇万円に上っている。

そして、売上金額も昭和六二年六月期の四億一〇〇〇万円弱から毎年減少し平成五年六月期には半額近い二億一六〇〇万円強にまで減少しており、営業の規模が縮小傾向にあったことが認められ、その売上げは本件相続開始後も引き続いて減少し、平成八年六月期には一億二〇〇〇万円強まで減少している。

もっとも、右事実は、平成五年六月期においても二億円を超える売上げがあったと評価することもでき、平成八年六月期においても一億円を超える売上げがあるということもできる。

そして、本加納の人件費の推移は別表三の一のとおりであり、同社の人件費は、平成五年六月期まではほぼ同様の支出金額であって、正之が死亡した後、平成六年六月期以降次第に減少しているにすぎない。

3  本加納は、東海銀行桜通支店、八十二銀行名古屋支店、中小企業金融公庫との銀行取引をしているが、東海銀行桜通支店、八十二銀行名古屋支店との取引状況は、別表四の一及び二のとおりである(当事者間に争いがない。)。

そして、原告康之が相続した名古屋市中区錦二丁目所在の土地建物には、別表五のとおり、右各金融機関を権利者とする根抵当権、抵当権が設定されている(甲二の一、二)。

しかしながら、別表四の一によれば、本加納は、東海銀行桜通支店から、平成二年一月当時の残高二四五五万五〇〇〇円の証書貸付を受けており、毎月四四万五〇〇〇円宛返済することになっていたが、滞ることなく返済を続け、本件相続開始当時には八〇九万円までに減少しており、相続開始後も約束通り返済して返済を完了し、新たに平成五年一一月に二〇〇〇万円の証書貸付を受けている(もっともそのうち七〇〇万円は手形貸付の返済に当てられている。)他、平成八年八月にも二〇〇〇万円の証書貸付を受け、平成八年六月期においても当座取引は続いており、本件相続の前後を通じてずっと当座貸越の残高が一億一〇〇〇万円の状態が続いている。

別表四の二によれば、本加納の八十二銀行名古屋支店に対する債務は、平成四年三月以降手形貸付八〇〇〇万円、当座貸越一五〇〇万円で推移し、本件相続開始後も同様に推移したが、平成六年四月一二日に一五〇〇万円、翌一三日に一五〇〇万円を、それぞれ返済して、手形貸付六五〇〇万円のみを継続することになり、以後平成八年一二月までその手形貸付金が残っている。

以上のとおり、本加納は、本件相続開始前後を通じて、元金や金利の返済を怠ることなく続けており、相続開始前に銀行との取引規模が縮小したようなことはなく、相続開始後は、新規融資を受けたり、まとまった返済をしている。返済が遅滞していないため、各金融機関が本加納に催告をするようなことはなかった。また、各金融機関は、正之に対しても、債務を履行するよう催告をしたことはなかった。

証拠(甲八の一、二)によると、原告康之は、平成九年二月二四日、日比津の不動産を売りに出したが、本件相続開始後四年余り経った後のことであるうえ、同不動産には平成五年七月二八日付で、根抵当権者八十二銀行、債務者原告康之、極度額二億円の根抵当権が設定されており(甲三の一、二)、八十二銀行に対する本加納の債務と右根抵当権の被担保債権との関係が判然とせず、右不動産の処分代金が本加納の債務の弁済に充当されるかも不明である。

4  本加納は、正之から日比津の土地建物を賃借りするについて、五〇一二万円の保証金を差し入れていたが、平成二年六月までの事業年度中に二〇〇〇万円、平成三年六月までの事業年度中に一〇〇〇万円、平成五年六月までの事業年度で本件相続開始後に二〇〇〇万円の返還を受けて、それぞれ資金繰りに充てており、本加納の資金繰りに正之からの協力が必要であったことがうかがわれるが、返還された金が銀行からの借入金の返済にあてられたこと、または銀行に返済する必要から保証金の返還を受けたことの立証はない。

本加納の平成元年六月期から平成四年六月期までの各事業年度末における借入金残高の内訳を記載した法人税申告書添付の「借入金及び支払利子の内訳書」(乙二九ないし三二の各三)には、正之及び原告らからの借入金は記載されておらず、前記の賃貸保証金の返還の他には、正之や原告から貸付を受けていた事実は認められない。

もっとも、本加納の平成五年六月期以降の借入金についてみると、平成五年六月期は原告らからの借入金はなく、平成六年六月期末において原告康之からの借入金が合計一億円計上されることとなり、平成七年六月期末には合計一億三七〇〇万円、平成八年六月期末には合計一億七五〇〇万円と増加している(乙三三の四、三四ないし三六の各三)。また、平成五年六月期の貸借対照表には正之に対する未払金が五〇〇〇万円余り計上されているが、翌事業年度においてはなくなっており、その内容及び未払いが解消した経緯は不明である。

5  本加納の平成元年六月期から平成四年六月期までの各事業年度の法人税申告書に添付された「買掛金(未払金・未払費用)の内訳書」には未払いの役員報酬の記載がないことからして、少なくとも決算期末においては役員報酬の支払いを延期していた事実はなかったと認められる(乙二九ないし三二の各二)。

そして、平成五年六月期以降平成八年六月期までの間も、役員報酬の未払金の発生は認められない(乙三三ないし三六の各二)。

右認定に反する原告康之の供述は信用できない。

6  以上に認定したところによれば、本件相続開始当時、本加納は事業が不振で縮小傾向にあり、正之からの建物の賃借保証金の返還を受けるなどして資金繰りの援助を受けてきており、本件相続後には原告康之から多額の貸付を受けるなどしているが、役員報酬を含め人件費に未払いはなく、平成五年六月期において二億円を超える売上げがあり、平成八年六月期においても一億円を超えており、その事業は継続されている。銀行取引についてみても、本件相続開始前後を通じて、元金や金利の返済を怠ることなく続けており、相続開始前に銀行との取引規模が縮小したようなことはなく、相続開始後は、新規融資を受けたり、まとまった返済をしている。返済が遅滞していないため、各金融機関が本加納や保証人である正之や原告らに催告をするようなことはなかった。

以上の事実からすると、本件相続開始当時に本加納が借入金の返済能力を欠く状態であったということはできない。よって、本加納を主たる債務者とする保証債務を確実な債務ということはできず、相続財産から控除することはできない。

六  次に、本件相続開始の現況において、日鷹鉄工がその債務を弁済することができない状態にあり、保証人である正之や相続人である原告康之がその債務を履行しなければならず、かつ、日鷹鉄工に求償しても返還を受ける見込みがなかったかについて判断する。

1  原告らは、本件相続開始前後の日鷹鉄工の状況について、次のとおり主張する。

日鷹鉄工は、昭和二二年正之が設立した洋服用の原反材を裁断する電動工具の製造販売を業とする会社であり、特殊な機械であることから業績を伸ばし、昭和五九年には正之が用地を取得し、その上に建築した名古屋市中川区富田町所在の建物を賃借りして、本店を移転し、設備の近代化と製品の海外輸出に重点を移した。しかし、洋服等の製造業者が、東南アジア等の国に押され、海外へ移ったこと、海外の同種の製品との価格競争に勝てないことが原因で、業績が悪くなってきた。正之は、事業縮小の方針を立てていたが、同人死亡後代表者となった原告捷之と同人が健康を害したため共同経営者となった原告康之は、人件費の縮小、出張所の廃止、役員報酬の支払延期等で資金繰りを続けながら、海外市場での業績の回復を持ったが、金利負担の重圧で経営が好転せず、平成九年一月には和議の申立をせざるをえなくなった。右和議の申立は、見込みなしとの意見で取り下げを余儀なくされた。

2  日鷹鉄工の業績が不振であることは、当事者間に争いがなく、証拠(原告康之本人尋問の結果及び弁論の全趣旨)によると、日鷹鉄工の業績が不振となった経緯が原告ら主張のとおりであることが認められる。

日鷹鉄工の、平成元年二月期(二月期とは、前年の三月一日から、当年の二月末日までの事業年度をいう。以下同じ。)から、平成九年二月期までの九事業年度における、財産状況及び損益の状況は別表三の二のとおりである(争いがない。)。

これによれば、日鷹鉄工は、本件相続が開始した平成五年二月二七日を含む事業年度である平成五年二月期に至って始めて、負債合計が資産合計を上回る債務超過の状況に陥ったが、平成元年以来、毎期とも欠損を出し、累積欠損は、平成五年二月期で八七〇〇万円に上っており、その後も欠損が続き、平成九年二月期には同期の欠損一億円が加算されて三億一〇〇〇万円を超える事態になっている。

もっとも、売上金額は、平成四年二月期までは、四億一七〇〇万円から五億三八〇〇万円弱まで毎年伸びてきていたが、本件相続が開始した平成五年二月期に一挙に三億七〇〇〇万円にまで減少し、その後平成九年二月期の一億六〇〇〇万円にまで落ち込んでいる。

以上の財産状況や売上の状況から見る限り、本件相続開始の前年までは毎年欠損を出してはいたが、財産状況も売上げも問題はなく、本件相続開始の年以降財産状況も売上げも悪化したものということができる。

そして、日鷹鉄工の人件費の推移は別表三の二のとおりであり、同社の人件費は、平成五年二月期まではほぼ同様の支出金額であって、正之が死亡した後、平成六年二月期以降次第に減少しているにすぎない。

3  日鷹鉄工は、東海銀行名古屋駅前支店、中小企業金融公庫との銀行取引を継続しており、東海銀行名古屋駅前支店との取引状況は、別表四の三のとおりである(当事者間に争いがない。)。なお、原告康之が相続した名古屋市中川区富田町大字長須賀所在の土地には、別表五のとおり、右各金融機関を権利者とする根抵当権、抵当権が設定されている(甲一のないし一〇)。

別表四の三によれば、日鷹鉄工は、東海銀行名古屋駅前支店から、平成二年八月以来二億円を限度として当座貸越を受けていたほか、証書貸付を受けていたが、証書貸付についてはほぼ約束通り毎月の返済をなし、本件相続開始当時の残高は一八五〇万円であった。相続開始後も同様の取引が継続し、証書貸付はほぼ約束どおり返済が続けられた。また、同銀行からは、平成五年一二月九日に三〇〇〇万円及び翌年一月三一日に三〇〇万円の追加融資を受け、平成七年七月にも一〇〇〇万円の新規の証書貸付を受けている。

別表五のとおり、原告康之が相続した不動産について、平成二年八月二七日付で、愛知県信用保証協会を権利者、日鷹鉄工を債務者とする極度額一億円の根抵当権が設定登記され、また、平成五年一二月三日設定契約を原因として、名古屋市信用保証協会を権利者、日鷹鉄工を債務者とする極度額三六〇〇万円の根抵当権が設定されているが、このことからすると、日鷹鉄工の信用に対する評価は必ずしも悪いものではなかったことが窺われる。

日鷹鉄工は、中小企業金融公庫名古屋支店から五三〇〇万円を借り受けているが、昭和六二年から毎月の返済額を当初の約束の一〇分の一に軽減したため、返済が滞ることはなく、返済の請求はなかった。

日鷹鉄工は、本件相続開始前後を通じて、元金や金利の返済を怠ることなく続けており、相続開始前及び相続開始後平成七年九月ころまでは、銀行との取引規模が縮小したようなことはなく、前記のとおり、相続開始後の平成五年一二月に、名古屋市信用保証協会の保証付で新規融資を受けたりしている。返済が遅滞していないため、各金融機関が日鷹鉄工に催告をするようなことはなかった。また、各金融機関は、正之に対しても、債務を履行するよう催告したことはなかった。

もっとも、前記のとおり業績は下降を続けており、東海銀行名古屋駅前支店との取引も平成七年一〇月以降は毎月一〇九万五〇〇〇円の証書貸付の返済がなされる他は新規融資を受けることもなくなり、利息の支払いだけがなされていた。そして、日鷹鉄工は、平成九年一月和議の申請をしたが、和議の見込みなしとの整理委員の報告を受けて取り下げた。また、平成九年七月頃、愛知県信用保証協会、名古屋市信用保証協会の保証付の債務について、金融機関に対して信用保証協会の弁済がなされた。

このように、銀行取引が縮小し、一部の債務について信用保証協会が代位弁済し、和議の申立がなされるに至ったが、これらは本件相続開始後およそ四年を経過しようとしたころのことであり、これらのことから相続開始当時の日鷹鉄工の状態が債務の返済が不能であったということはできない。

4  平成四年二月期までは正之及び原告らからの借入金残高及び原告らに対する未払金残高はない(甲九の一、乙三七ないし三九の各三)。

ちなみに、正之が死亡した平成五年二月期に、原告ら(原告康之、同捷之及び同久子)からの借入金残高が六〇〇万円(原告ら以外の会社役員らの金額を含めれば一六〇〇万円)、正之に対する家賃の未払金が五一五万円発生したことが認められる。そして、平成五年二月期以降原告らからの借入金は次第に増加してきており、家賃の未払金は平成六年二月期にはなくなったものの、翌々事業年度の平成八年二月期において、原告康之に対する一〇〇〇万円余りの家賃の未払金が発生している(乙四一ないし四四の各二と三)。

5  役員報酬支払延期の事実に関しては、平成元年二月期以降、役員報酬が未払いで決算期末に残っていたことはない(乙三七ないし三九の各三、乙四一ないし四四の各三)。

6  以上認定の日鷹鉄工についての相続開始前後における財産状況、売上げや人件費の支払状況、銀行取引状況、正之や原告らからの資金の借受状況、役員報酬の支払状況等からすると、本件相続開始当時に日鷹鉄工が借入金の返済能力を欠く状態であったということはできない。よって、日鷹鉄工を主たる債務者とする保証債務を確実な債務ということはできず、相続財産から控除することはできない。

七  以上によれば、本件保証債務は、本件相続開始時において、保証人がその債務を履行しなければならず、かつ、主たる債務者に求償しても返還を受ける見込みがなかったとはいえないから、「確実と認められる債務」には当たらず、本件保証債務を控除しなかった被告の本件更正処分に違法はない。

第四  総括

以上判示したところによれば、原告らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・野田武明、裁判官・佐藤哲治、裁判官・達野ゆき)

別表一〜五〈省略〉

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